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名古屋地方裁判所 昭和54年(ワ)2161号 判決 1983年9月21日

原告

クラブ夕ぎり、スタンド夕ぎりこと

八木寿一

右訴訟代理人

山田靖典

被告

有限会社愛新合成

右代表者

佐々木(旧姓奥)み津か

右訴訟代理人

太田勇

主文

一  被告は原告に対し、金一九九万一三九〇円及びこれに対する昭和五四年五月二一日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二八〇万二三八〇円及びこれに対する昭和五四年五月二一日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は名古屋市中区栄三丁目所在野村ビルにて「クラブ夕ぎり」「スタンド夕ぎり」の屋号の飲食店二店を経営する者であり、被告会社はプラスチック製自動車部品成型加工を業とする有限会社で、その代表取締役は奥敬雄(以下敬雄という)であつたが、同人は昭和五三年一二月二六日死亡し、同人の妻佐々木み津か(以下み津かという)がその後任として代表取締役に就任している。

2  敬雄は、「クラブ夕ぎり」において昭和五三年七月二一日から同年一二月一一日までの間、「スタソド夕ぎり」において昭和五二年六月二八日から昭和五三年一一月三〇日までの間、飲食したが、別表記載のとおり、右の飲食代金(飲食税を含む)、タバコ代金・電話料金・タクシー代金等立替金(以下飲食代金等という)の未払代金が、「クラブ夕ぎり」分につき金一一八万八八一〇円、「スタンド夕ぎり」分につき金一六一万三五七〇円合計金二八〇万二三八〇円となつている(以下本件飲食代金等という)。

3  而して、右飲食は、敬雄が被告会社代表取締役として顧客・取引先の接待のためになしたものであり、敬雄一人で、あるいは妻み津かと二人で飲食したこともあつたが、少なくとも右飲食代金等支払債務については、代表取締役の敬雄において被告会社が引受をなしたものである。

仮に然らずとしても、被告会社は敬雄のワンマン経営の会社で、敬雄即被告会社の実体を有し、この意味で被告会社の法人格は否認されるべきであるから、被告会社は敬雄が被告会社名でなした本件の飲食による飲食代金等支払債務を免れることはできない。

4  そこで原告は被告会社に対し、昭和五四年五月九日、本件飲食代金等につき、内容証明郵便にて、右書面送達後一〇日以内にこれを支払うよう催告し、右郵便は同月一〇日被告会社に到達した。

5  よつて原告は被告会社に対し、本件飲食代金等金二八〇万二三八〇円及びこれに対する昭和五四年五月二一日以降完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は不知

3  同3の事実は否認する。

敬雄のなした本件の飲食は、被告会社による接待のためのものではなく、あくまでも敬雄個人においてなした飲食であつて被告会社は関知しない。

4  同4の事実中、原告主張の書面が原告主張の頃被告会社に到達したことは認める。但し請求金額は金二六一万七九三〇円であり、どこにおける何の飲食の代金かも特定していないから、本件の代金債権の履行請求とは言えない。また、被告に対する請求とも言えない。

三  抗弁

1  (債務引受に対し)

被告会社の代表取締役敬雄による同人自身の本件債務の引受は有限会社法三〇条所定の自己取引に該当し、社員総会の認許を要するところ、本件については右認許はなく、原告はこの点につき悪意であつたから、原告に対しても右債務引受は無効である。

2  敬雄は、本件の飲食を同人自身のためになしながら、表面上は代表取締役として被告会社のなしたものとし、あるいは被告会社にこれを負担させて、代表取締役の権限を濫用している。

原告は敬雄の右真意を知りながら、又は知り得べきであつたのに同人の右行為に応じたものであるから、被告会社に本件債務の支払義務はない。

3  原告が本訴を提起した昭和五四年八月二九日の時点で、「クラブ夕ぎり」分の昭和五三年八月二五日以前の飲食代金等、「スタンド夕ぎり」分の同日以前の飲食代金等についてはいずれもその支払を請求し得るときから一年を経過していた。被告は本訴において右短期消滅時効を援用する。

四  抗弁に対する認否

抗弁1及び2の事実は否認し、同3の事実は認める。

五  再抗弁(消滅時効に対し)

1  被告は昭和五三年一一月二〇日、それまでの「クラブ夕ぎり」「スタンド夕ぎり」における未払代金を承認したうえ、金二万円の内入弁済を原告になしている。

2  原告は請求原因4記載のとおり、昭和五四年五月九日、同月一〇日到達の内容証明郵便で、被告会社に対し本件飲食代金等の債務の支払請求をなした。

そして原告は昭和五四年八月二九日、本訴提起をなしている。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実は否認する。

2  再抗弁2の前段についての認否は請求原因4に対する認否と同一である。被告会社に対する本件飲食代金等の催告とは言えない。

後段の事実は認める。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、同2の事実は<証拠>によつて認めることができ(第三、第四号証の中に敬雄のサインがないものが存する点はその性質上無理もなく、これによつて右認定を覆し得るものではない)、右認定を左右するに足る証拠はない。

二そこで被告会社が本件飲食代金等の支払義務を負担するか否かにつき検討する。

<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  被告会社は敬雄のワンマン経営の会社で、妻のみ津かが経理を担当し、パートタイマーを主とする数名の従業員を使用していた。

2  被告会社は、「クラブ夕ぎり」が会員制システムを採用していた頃法人会員となつていたが、右システムを廃止してからも、代表取締役の敬雄において、本件飲食に先立つ数年来、被告会社名で、右クラブ及び「スタンド夕ぎり」を繁く飲食に利用していた。

3  敬雄は、中央発条株式会社、「ゴムのイナキ」等被告会社の取引先の役員や、取引金融機関の名古屋相互銀行茶屋ケ坂支店長などの接待のために「クラブ夕ぎり」「スタンド夕ぎり」を利用したこともあつたが、遊び好きで、右銀行茶屋ケ坂支店の組織したゴルフ同好会のメンバーと飲食するのに利用したり、一人で飲食することも多く、妻み津かと二人で飲食したこともあつた。

4  右の飲食代金等については、すべて被告会社名での掛売となつており、原告は毎月二〇日に締めたうえ、毎月二五日頃、被告会社に原告従業員の木全あるいは原告自身が集金に訪れ、敬雄の指示でみ津かが被告会社振出の小切手で支払つたり、み津か不在のときは敬雄が現金で支払つたりし、被告会社では右の支出については、税法上の接待交際必要経費金四〇〇万円の枠内では右の経費として処理し、これを超えた分は敬雄に対する貸付として処理していたが、敬雄から右返済を受けたことはなかつた。

5  そして資金不足のため右集金の際に末払となつた分については、盆、暮れにまとめて請求されていたが、本件の飲食代金等は支払われないまま残つた分である。

以上の事実が認められ、右認定に反する被告代表者の供述部分は前掲各証拠に比照して措信し難い。

そして右認定の事実に徴すると、敬雄のなした本件の飲食については被告会社による取引先等の接待のためになしたものも存するが、敬雄が第三者を伴なつて飲食し接待の外形をとつてはいるが被告会社のためにするものではない飲食も含まれているものと解され、敬雄一人で若しくは妻み津かと二人でなした飲食分については、被告会社の接待交際等被告会社にとつて必要有益な行為によるものでなく、敬雄個人の飲食と言うほかないが、代表取締役の敬雄において被告会社がその代金等支払債務につき債務引受をなしていたものと認めることができる。

被告は右の外形上接待の形をとつている飲食分については、原告において敬雄個人のためにすることを知つていたか、又は知り得べきであつた旨主張し、被告代表者尋問の結果によると敬雄と原告とは相当親しい交際をしていたことは認められるが、そのことをもつてただちに右の事情につき原告が悪意であつたことは認め難く、また個々の接待飲食が果して被告会社のためになされるものかどうか原告において見極めることを期待すべき状況にあつたものとは到底認められないから、右抗弁主張は採用できない。

また、右の被告会社による債務引受は、有限会社法三〇条所定の自己取引に該当するものと言うべく、これにつき社員総会の認許を経由したことは窺い得ないけれども、原告が敬雄と親しかつたとは言え、前示のとおり被告会社において敬雄個人の飲食分の代金債務を異議なく支払つていた経緯が念頭にあり、しかも被告会社が敬雄のワンマン経営の会社であるとの認識を持つ原告としては、右の債務引受を被告会社が許していないものとは考え難いことであるものと推認され、原告が右認許の欠如につき悪意であつたものと認めることができないから、自己取引を言う抗弁主張もまた採用できない。

従つて、被告会社は本件飲食代金等の支払義務を有する。

三次に消滅時効につき審案する。

抗弁3(時効期間経過と時効援用)の事実は当事者間に争いがない。

而して、前示一認定のとおり被告会社は原告に対し「クラブ夕ぎり」における飲食代金等につき金二万円の内入弁済を昭和五三年一一月二〇日になしており、これは「クラブ夕ぎり」の飲食代金等の承認と解されるから、その代金債権の消滅時効が中断されたものと言うべきであるが、その際「スタンド夕ぎり」の飲食分の代金債権まで承認したような事情を認め得る証左はないから、「スタンド夕ぎり」の代金債権も併せて時効中断したとする原告の再抗弁主張は採用できない。

また、昭和五四年五月九日付で飲食代金を請求する原告の内容証明郵便が同月一〇日被告会社に到達したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によると、右書面は「夕ぎり八木寿一(原告)」から「有限会社愛新合成(被告)奥み津か」にあてて「亡敬雄の飲食代金合計金二六一万七九三〇円」を請求する内容のものであることが認められるところ、前示認定の事実とも照らし、その請求金額を考慮すると、右は原告から被告会社に対する「クラブ夕ぎり」「スタンド夕ぎり」分を併せた本件飲食代金等の履行請求であることが明らかである。

そして再抗弁2の後段の事実(六か月内の訴提起)は当事者間に争いがないから、本件飲食代金等の債権は右の履行請求によつて時効中断しているものと言うべきである。

そうすると、「スタンド夕ぎり」の昭和五三年四月二四日以前の飲食分の代金債権は時効消滅したこととなるが、その余の本件飲食代金等の債務についてはいずれも消滅時効にはかからないものである。

四してみれば、原告の本訴請求は、「クラブ夕ぎり」の飲食分及び「スタンド夕ぎり」の昭和五三年五月一八日以降の飲食分合計金一九九万一三九〇円並びにこれに対する履行請求にかかる支払期日の翌日である昭和五四年五月二一日以降完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容すべく、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。 (金馬健二)

「クラブ夕ぎり分」「スタンド夕ぎり分」の明細<省略>

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